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あこがれのモスタルから電車で3時間ほど。

ボスニア・ヘルツェゴビナの首都サラエボに到着。


駅に着くと早速「泊まる場所探してる?」って
客引きが来たので、とりあえず見てみる事に。

感じの良い家族で、素敵な庭と静かな環境、キッチン冷蔵庫、wifi、一通りそろって1泊10ユーロ。ここに決めた。

お父ちゃんは紛争前にドイツに出稼ぎに行ってた。
お母ちゃんは紛争が始まってサラエボの地下トンネルを通って逃げたそうです。
二人ともドイツ語が堪能。

息子は客引き係り。
娘はクラリネット奏者を目指して勉強中。
二人ともドイツ語が堪能。小さい頃テレビ見て覚えたそうです。天才やな!


サラエボでドイツ語話す人が多いのは、紛争中ドイツやオーストリアに避難してた人が多かったから。



泊まる場所も決まったし、早速ぶらぶらしますか!

サラエボと言えば

やっぱり

サラエボ2

この橋でしょう。

1914年6月28日、サラエボでオーストリア=ハンガリー帝国の皇太子夫妻がセルビア人の青年ガブリロ・プリンツィプによって暗殺されると言う、ややこしい事件サラエボ事件の舞台。
これがきっかけとなって、オーストリア=ハンガリー帝国はセルビアに宣戦布告し、第一次世界大戦に突入するわけです。世界史の授業で習ったでしょう。


サラエボ3

プリンツィプブリッジと呼ばれ地元の人が足早に渡ったり、観光客が立ち止まって写真を撮ったり、とても賑わってます。


サラエボと言えばもう一つは

やっぱり

サラエボ1

1984年冬季オリンピック

冬になると町にも1メートル雪が積もるらしく、周辺にはスキー場もあるので、

僕の中のいつか滑りに来たい町にノミネートされました。


サラエボ7

旧市街はオスマン帝国=トルコの雰囲気。
しかもラマダン(断食月)の最中(ちなみにサラエボに着いたのは現在から10日程前です)。

宿の晩御飯お呼ばれしたので、久しぶりに家族で食卓を囲みました。息子は遊びに行って居なかったし、昼間りんご食ってたので、ラマダンは関係無いのでしょう。
娘さんは13歳にして今年が初めてのラマダン。


サラエボ式ラマダン作法とは

・まず日没を知らせる大砲がドカーンと鳴る。

・軽く祈る。

・スープ飲む。

・料理食べる。

・コーヒー&お母ちゃんのアップルパイ。

・娘さんのクラリネット&俺の二胡演奏。

・そして夜がふけてゆく。



こうして何やかんや結局サラエボに4泊するのでした。
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